「辞めない職場」はこう作る!医療現場の組織文化を変えるチーム医療とタスク・シェア実践ガイド【厚労省データ解説】

2024年4月、医師の働き方改革が施行され、日本の医療現場はかつてない転換点を迎えました。時間外労働の上限規制(A水準:年960時間)が適用されたことで、多くの医療機関が労務管理の厳格化を迫られています。
しかし、現場の管理者や経営層からは、「制度を整えようとしても、そもそも人が足りない」「採用してもすぐに辞めてしまい、シフトが回らない」という切実な声が後を絶ちません。
なぜ、医療職の離職は止まらないのでしょうか。
人材定着の鍵を握るのは、単なる給与や休日数といった「条件面」だけではありません。医療職が長く働き続けられるかどうかは、ワークライフバランスを尊重し、心理的安全性を確保する組織文化があるかどうかにかかっています。
本記事では、厚生労働省の最新データと「医療勤務環境改善好事例集」に基づき、精神論ではなく、エビデンスに基づいた「辞めない職場」を作るための具体的なマネジメント手法を徹底解説します。
1. なぜスタッフは辞めていくのか?離職理由の深層をデータで読み解く
「待遇は悪くないはずなのに、なぜか人が辞めていく」。その原因は、現場の見えない「疲労」と「心理的な壁」にあるかもしれません。まずは厚生労働省の調査データから、医療現場が抱える構造的な課題を直視する必要があります。
医師の約4割が「過労死ライン」超えの衝撃

医療従事者の離職理由としてまず挙げられるのが、慢性的な長時間労働による疲弊です。 厚生労働省の「医師の勤務実態調査」によると、病院常勤勤務医の約37.8%(約4割)が、年960時間を超える時間外・休日労働に従事している実態が明らかになっています。これは、一般労働者における「過労死ライン」とされる水準を日常的に超えていることを意味します。
さらに深刻なのは、全体の約1割にあたる医師が、年1,860時間超(月平均155時間以上の残業に相当)という、生命の危険すらある極限状態で勤務している事実です。特に救急科、産婦人科、外科、および若手医師において、この傾向は顕著です。
「休まらない休日」が奪う気力
労働時間の「長さ」だけでなく、「休息の質」の欠如も深刻です。 「現在、1ヶ月のうち、24時間連続して休息を取れる日はどの程度か」という厚生労働省の問いに対し、約40%の勤務医が「月4回以下」と回答しています。さらに、約10%の医師は「0回」、つまり丸一日休める日が月に一度もない状態で勤務しています 。 また、当直以外の時間であっても「オンコール(呼び出し待機)」による心理的拘束が続いており、これが燃え尽き症候群(バーンアウト)の温床となっています。
出典元:厚生労働省「勤務医に対するアンケート調査の結果について」
離職の真因は「心理的安全性」の欠如
長時間労働に加え、「風通しの悪い職場」も離職を加速させます。
医療現場における「心理的安全性」とは、地位や経験に関わらず、誰もが率直な意見や質問、懸念を言える状態を指します。しかし、ヒエラルキーの強い現場では、「こんなことを言ったら無知だと思われる」「上司に怒られる」という不安が先行しがちです。
厚労省の医療安全に関する報告書では、看護師が投薬量や処置に違和感を持ちながらも、「医師が決めたことだから」と指摘できず、結果として重大なインシデントに繋がった事例が報告されています。 「言いたいことが言えない」ストレスは、医療事故のリスクを高めるだけでなく、職員が「自分の身を守るために辞める」という選択をする最大の引き金となります。組織文化の改善は、福利厚生ではなく、リスクマネジメントそのものなのです。
出典元:厚生労働省「医療安全管理者のための医療安全対策(ヒヤリ・ハット事例)」
2. 組織文化を変える:「アサーション」と「心理的安全性」の実践
では、どのようにして「言える化」を進めればよいのでしょうか。組織文化を変革するための具体的なツールとして、多くの先進的な医療機関が導入しているのが「アサーション」です。
アサーション:相手を尊重しつつ、リスクを伝える技術
アサーション(Assertion)とは、自分と相手の双方を尊重しながら、自分の意見や気持ちを率直に伝えるコミュニケーションスキルです。医療現場においては、患者の安全を守るための「義務」として位置づけられています。
【好事例:東邦大学医療センター大森病院】
東邦大学医療センター大森病院では、医療安全文化を醸成するために、アサーションを組織の「ルール」として導入しました。 具体的には、手術前のタイムアウトやカンファレンスの冒頭で、リーダー(執刀医など)が必ず「心配や気がかりがあったら何でもアサーションしてください」と発言を促すことをルール化しました。
さらに重要なのは、実際にスタッフから指摘や懸念が示された際の対応です。同院では、その指摘が正しかったかどうかにかかわらず、「アサーション、ありがとう」と感謝を伝えることを徹底しました。 「指摘すること」が「反抗」ではなく「チームへの貢献」であるとリーダーが行動で示すことで、若手スタッフが萎縮せずにリスク情報を共有できる組織風土が醸成されています。これにより、夜間のインシデント報告もスムーズになり、潜在的なリスクを早期に摘むことが可能になりました。
出典元:学校法人東邦大学「医療安全管理への取り組み(アサーションの推進)」
TeamSTEPPSによる共通言語化
また、多職種連携を円滑にするためのフレームワーク「TeamSTEPPS(チームステップス)」の導入も有効です。特に「CUS」と呼ばれるキーワードの使用は、緊急時のコミュニケーションを劇的に改善します 。
- I am Concerned(心配です)
- I am Uncomfortable(不安です)
- This is a Safety Issue(安全上の問題です)
この言葉が発せられたら、職位に関係なく全ての作業を一時中断して確認を行うというプロトコルを共有することで、若手看護師や研修医でも患者の安全を守るための発言ができるようになります。
出典元:公益社団法人宮城県看護協会「」医療安全情報レポートVo.13」
3. 「個人の頑張り」から「仕組み」へ:戦略的タスク・シェアの成功事例
組織文化という「ソフト」を変えるのと同時に、業務構造という「ハード」を変革するのが「タスク・シフト/シェア(業務の移管・共同化)」です。
「タスク・シフト」は単なる「下請けへの業務回し」ではありません。各職種が専門性を発揮し、チーム全体で業務を最適化するプロセスです。厚生労働省の「医療勤務環境改善好事例集」から、定量的な成果が出ている事例を紹介します。
【事例1】医師事務作業補助者・薬剤師への権限移譲で残業半減
~医療法人社団美心会 黒沢病院(群馬県)~
急性期病院である黒沢病院では、医師の長時間労働を是正するため、トップダウンでタスク・シフトを推進しました。同院が着目したのは、「医師でなくてもできる業務」の徹底的な切り出しです。
- 医師事務作業補助者(MA)の活用:
診断書や診療情報提供書の作成、電子カルテの代行入力などをMAに全面的に移管しました。
<定量的成果>この取り組みの結果、常勤医16名の1ヶ月あたりの平均残業時間は、取り組み開始前の5.25時間(平成26年度)から、2.59時間(平成29年度)へと約半減しました。 さらに、患者サービスへの波及効果も生まれています。以前は2週間かかっていた診断書の作成期間が1週間に短縮され、患者満足度の向上にも寄与しました。 事務職や薬剤師が「単なる補助」ではなく「チーム医療の主体」として機能することで、組織全体のモチベーション向上にも繋がっています。
出典元:厚生労働省「いきいき働く医療機関サポートWeb好事例集:医療法人社団黒沢病院」
【事例2】臨床工学技士(CE)による周術期タスク・シェア
~社会福祉法人 聖隷福祉事業団 聖隷浜松病院(静岡県)~
聖隷浜松病院では、手術室における医師業務のタスク・シェアにおいて画期的な成果を上げています。注目すべきは、臨床工学技士(CE)の職能拡大です。
- 麻酔補助業務のシェア:
従来、麻酔科医2名体制で行っていた症例に対し、「麻酔科医1名+臨床工学技士1名」の体制へ移行しました。CEが神経ブロックの準備や気管支ファイバーの介助を担当することで、医師のリソースを確保しました。 - スコープオペレーター:
内視鏡外科手術において、CEがカメラ持ち(スコープ操作)を担当することで、医師が手術操作に集中できる環境を整備しました。
<定量的成果> 2020年7月から2年間で、合計1,885時間(年間900時間以上)もの医師業務時間をタスク・シフトにより創出しました。 これにより、日勤帯の麻酔科医を減らすことなく、夜間・休日の緊急手術対応件数を増加(2019年度46件→2021年度60件)させることに成功しています。 「専門職に任せる」という姿勢は、コメディカルの働きがいを高め、結果として離職防止に大きく貢献します。
4. 「私の患者」から「我々の患者」へ:複数主治医制と多様な働き方
「主治医が24時間365日対応する」という従来の慣習は、もはや限界を迎えています。組織として「チームで対応する仕組み」を構築することが不可欠です。
複数主治医制(チーム制)の導入メリット

厚労省が強く推奨しているのが「複数主治医制」です。 東邦大学医療センターや横須賀市立うわまち病院では、3〜4名以上の医師がチームを組み、情報を共有しながら交代で主治医機能を果たす体制を構築しています 。
- 夜間・休日の解放: 夜間の患者対応を当番医に任せることが可能となり、主治医への「夜間の呼び出し」が激減しました。
- 医療の質の標準化: 複数の眼で患者を診ることで、見落としを防ぎ(医療安全)、属人的でない標準的な医療を提供できます。
- 採用への好影響: 「休みが取れる病院」という評判は、医師のリクルート(採用)面でも強力な武器となります。
出典元:厚生労働省「医師の働き方改革の推進に関する検討会(複数主治医制の導入)」
看護職・医師の「短時間正社員制度」の活用
育児や介護と仕事を両立させるためには、「0か100か(フルタイムか退職か)」ではない選択肢が必要です。 聖隷浜松病院や聖隷横浜病院では、「短時間正職員制度」を積極的に活用しています 。
特に聖隷横浜病院の「プラスワンシステム」はユニークです。これは、「ベテランのフルタイム医師(1人)」と「育児中の短時間勤務医師(0.5人)」をペアにし、合わせて1.5人分の業務を担う仕組みです 。 ベテラン医師は業務のサポートを受けられ、短時間勤務医師はキャリアを断絶することなくOJTで指導を受けられるため、双方にメリットがあります。制度を「作る」だけでなく、現場で「使える」ように運用を工夫することが、定着率向上の鍵です。
5. 現場リーダーのためのメンタルヘルス・マネジメント
どれほど制度を整えても、個人の心の健康が見過ごされていれば離職は防げません。スタッフのメンタルヘルスケアもリーダーの重要な責務です。
ストレスチェック制度の「やりっぱなし」を防ぐ
医療・福祉業は高ストレス者の割合が高い傾向にあります。年に1回のストレスチェックを単なる事務作業で終わらせていないでしょうか。
【好事例:小牧市民病院】
小牧市民病院では、ストレスチェックの結果を組織改善の実質的なツールとして活用しています。 特筆すべきは、高ストレス者への対応です。いきなり産業医面談を勧めるのではなく、まずは臨床心理士による丁寧な「準備面談(予備面談)」を実施しています 。 「産業医面談=人事評価に響くかもしれない」というスタッフの警戒心を解き、臨床心理士がクッション役となることで、相談へのハードルを下げています。また、集団分析結果をもとに各部署の課題を洗い出し、職場環境改善に繋げることで、メンタルヘルス不調による休職者を未然に防いでいます。
出典元:厚生労働省「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイトこころの耳」
6. まとめ:2026年を生き残るためのロードマップ
本記事で解説した通り、「辞めない職場」を作ることは、スタッフのためであると同時に、患者さんに質の高い医療を持続的に提供するための経営戦略そのものです。
「給与を上げれば人は定着する」という時代は終わりました。
黒沢病院の「残業時間半減」や、聖隷浜松病院の「タスク・シェアによる医師時間創出」、東邦大学医療センターの「アサーションによる安全文化」といった事例が示すように、必要なのは以下の3つの変革です。
- データの直視: 自院の残業時間や「休息回数0」の医師数を把握し、危機感を共有する。
- 業務の棚卸しと移管: 医師事務作業補助者やコメディカルへ、具体的かつ大胆に業務を移す。
- 心理的安全性の確保: 「アサーション」をルール化し、言いたいことが言える風土を作る。
まずは自院のデータを見つめ直し、明日のカンファレンスでの「小さな対話」や「ありがとう」の一言から、組織の変革を始めてみてはいかがでしょうか。
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医療現場の改革において最も難しいのは、スタッフが抱える本音や、組織内に潜む「離職の予兆」を早期に発見することです。
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- 定着要因の可視化: 「人間関係」「業務負荷」「成長実感」など、スタッフが定着するために必要な要素を明確化します。
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